こんにちは、ユウリです。31歳です。
私は2ヶ月前までツイッター依存でしたが、思い切ってツイッターやめてみたら、身も心も爽快になりました。
これは私がツイッターにハマり、やめるまでの記録です。
私がツイッターにハマったきっかけ
私がツイッターにハマったのは、出産がきっかけでした。
それまでは仕事をしていて、多くの人と接する生活をしてたんですが、育休に入ったとたん、話し相手がいなくなってしまったんです。
赤子とアパートに二人きり。孤独でした。大人の会話に飢えていました。そんなとき、私を救ったのがツイッターでした。
私はツイッターでママアカウントを始めました。
「息子が寝ない~泣き止まない~」とか、育児の愚痴をつぶやいているうちに、ポツリポツリとフォロアーが増えていきました。
「分かります〜うちの子も寝ません!」
フォロアーさんは私のつぶやきに共感してくれました。
最初は楽しかったんです。子どもの年齢が同じくらいの仲良しのママ友がどんどん増えていくみたいで。
私の孤独も癒されました。フォロアーさんとは毎日リプライを送り合い、次第に敬語を使わなくなりました。
誰とも話さない日も、ツイッター上ではフォロアーさんと、育児でストレスが溜まっているときも、ツイッターに愚痴をつぶやけばスッキリしました。
誰よりも自分のことを理解してくれて、リアルの友達よりも近い存在のように感じることもありました。
フォロアーが増える快感
次第にフォロアー数が増えるのが快感になりました。
最初は10人しかいなかったフォロアーは、始めてから半年後には100人、8ヶ月後には400人になりました。
フォロアーが増えるのが快感で、毎日何度もフォロアー数をチェックしては、「1人減った!1人増えた!」と一喜一憂しました。
一年半後、私のフォロー数は100人に対し、フォロアー数は1300人に増えていました。
私は100人のつぶやきしか見ていないのに、自分のつぶやきは1300人に見られている状態です。
私のつぶやきはリツイートされ、フォロアー以外の人にも拡散されました。
自分のつぶやきが1000回以上リツイートされると、脳内麻薬がバンバン出て、自分の主張の正しさが認められたような快感を覚えました。
ツイッターとリアルの世界の区別は曖昧になっていました。
ツイッターがしんどくなる
フォロアーが増えるにつれて、だんだんしんどく感じることが多くなりました。
つぶやくたびに多くのリプライが送られてくるようになり、対応に追われるようになったんです。
適当にスルーしておけばいいものを、フォロアーを減らしたくない一心で、全てのリプライにいちいち返信していました。
タイムラインを追わねば!リプライを返さねば!という義務感から、1日に何度もスマホのツイッターアプリを開いてチェックするようになりました。
1日に4〜5回、1回20分から1時間はツイッターを見ていました。1日にツイッターを見ている時間は、1時間半から3時間。見過ぎです。
さらに、私のことを嫌っている人(つまりアンチ)が現れ、嫌がらせをされるようになりました。
私のつぶやきをリツイートしては悪口を書き込まれたり、心ないリプライを送られたり(アンチ仲間がそのリプライをファボる)
アンチは顔も名前も知らないただのアカウントに過ぎないのに、とてもショックで、しばらく頭から離れないほど嫌な気分が残りました。
やめたいのに、やめられなくなる
ツイッター楽しくなくなったな、と思いました。
ところが、私はツイッターをやめたいのにやめられませんでした。ツイッターに依存した生活をしていると、ツイッターがない生活が怖かったんです。
ちょっと愚痴りたいときに書き込む場所がなくなってしまう不安。
自分の主張がツイッター上で拡散されることで承認欲求を満たしていたのに、それがなくなってしまう不安。
ツイッターを見ないと、タイムラインはどうなってる?返すべきリプライは来てないか?と気になって、ついつい見てしまう。
ツイッターに疲れてから半年間は、やめたいけど怖くてやめられない状態が続きました。
ツイッターをやめるきっかけ
私がツイッターをやめようと思ったきっかけはあるブログ記事でした。
これって自分のことじゃん!と、ギクっとしました。
フォロアー数に一喜一憂してる…ツイッターに承認欲求を満たしてもらって、スッカリ依存してる…!
自分がツイッター依存症だと自覚し、ツイッターの中でしか承認されないことが惨めになったんです。
思い切って、ツイッターのアカウントを削除しました。
ツイッターアカウントを削除した後のプラス効果
てっきり寂しい気持ちになるのかと思いきや、削除してみたらすっごいスッキリ。
フォロアー数の増減に一喜一憂する必要もない。アンチに悪口を書き込まれるストレスもない。アカウントを削除しただけで、ツイッターの煩わしい人間関係から解放されました。
フォロアーにリツートしてもらわなくても、承認欲求が満たされずにストレスがたまることはありませんでした。逆にあまりリツートされずに凹むストレスがなくなったくらいです。
本来は自分の主張をツイートした結果、リツートしてもらえるものなのに、リツートしてもらうためにツイートを考えるという本末転倒な事態になっていたと気づきました。
それだけでなく、ネガティヴな気持ちを持ちにくくなったというメリットもあります。
ツイッターのママクラスタ内では「旦那への文句を正論風に言う」のがウケるため、タイムラインは常に不平不満の羅列と化していました。
そういったツイートを見ては共感してイラついたり、嫌な気持ちになったりしてたんです。
実生活でもそうであるように、ネガティヴな情報ばかりに晒されていると、ネガティヴな気持ちが伝染してしまいます。ネガティヴなツイートを一切見なくなったことで、ネガティヴな気持ちを抱かなくなったのでしょうね。
ツイッターのつぶやきはすぐに流れていってしまうもの。自分のつぶやきが何万回とリツートされたところで、結局、何も残らなかった…
ツイッターをやめて後悔したことって今のところないです。